病院の経営立て直しや後継者不在の中で事業承継を実現する方法の一つに「医療M&A」があります。医療M&Aは、買い手にも売却する側にもメリットが多い方法です。地域の医療を守るために必要な医療M&Aのメリットと買い手が付くポイントについて考えます。
■医療事業の現状
新型コロナウィルスの感染拡大によって医療機関の重要性が改めてクローズアップされています。医療機関は、社会にとって必要不可欠です。しかし経営の実態は、深刻な状況に陥っています。一般社団法人日本病院会ほか2団体が共同で行った「平成30年度病院経営定期調査」によると2018年6月時点で赤字経営になっている病院の割合は、医業利益で59.7%と約6割でした。
前年同月比で減益となった病院は52.9%、そのうち2期赤字が27.2%と病院経営の苦境が浮き彫りになっている状況です。しかも同調査はコロナ禍以前に行ったもののため、2020年からはさらに厳しい状況になっていることが予想されます。そこで病院の後継者不在や経営状況を根本的に改善する方法として注目されているのが医療M&Aです。
■医療M&Aとは何か
医療M&Aは、医療機関を買収・合併することですが株式会社のM&Aとは異なる部分があります。医療法人は、株式を発行していないため、株式市場で時折話題になる買い占めによる敵対的買収は行われません。事業承継や経営困難になった病院を立て直すための方法として選択される友好的買収といえるでしょう。医療M&Aの形式には、以下の3つがあります。
出資持分譲渡
出資持分譲渡とは、株式会社でいう株式譲渡にあたる方法で病院や医療法人に出資された財産を売却先に譲渡する形でM&Aを行います。理事の変更など登記の変更のみでM&Aが完了するため、手続き期間が短い点がメリットです。包括承継が原則であるため医師の異動もなくM&Aが行われても医療法人として運営を継続することができます。
事業譲渡
医療法人における事業譲渡は、大手グループなど、ほかの医療法人に特定の診療科(または全部)を譲渡することをいいます。専門性の高い診療科は、事業譲渡の対象になりやすい傾向です。M&Aを行う際は、事前に監督省庁である都道府県や厚生労働省へ申請して許可を得る必要があります。そのため出資持分譲渡に比べて手続き期間が長く手間がかかる点はデメリットです。
合併
合併する場合は、包括承継が原則のため、譲渡される病院のスタッフや負債などすべてを引き継ぎ診療科単位ではなく病院全体で行われます。事業譲渡と同様に監督省庁へ事前に申請して許可を得ることが必要です。また所在地の都道府県の医療審議会に諮る必要があり承認されてはじめて合併を実施することができます。
■医療M&Aのメリット
医療M&Aには、主に以下の2つの方法があります。
・医療機関同士によるM&A
買収側のメリットとしては、医療機関の規模が大きくなることによって受け入れる患者数を増やすことができます。複数の病院をグループ化することにより診察カードや各種システムを統一してコストダウンを図ることも期待できるでしょう。患者数の増加によって収益が増えれば新たな医療機器の導入も可能になり医療レベルをさらに向上できる点はメリットです。
売却側も経営を継続できるため医師や医療スタッフの雇用を確保したうえで経営から退くことができます。
・他業界の企業によるM&A
事業多角化の一環として事業売却を検討している医療機関を買収する方法です。医療機関を立ち上げるには、設備や医療スタッフの確保など事業開始までには相当な準備が必要ですがM&Aであれば患者や医療スタッフをそのまま引き継いで経営をスタートすることができます。買収側としては、円滑に事業を開始できるのが大きなメリットです。
売却側もこれまで築いてきた医療環境の存続を確定してから引退できるので安心感があるでしょう。また売却側は、グループ経営の場合不採算事業を売却することにより獲得した資金で主力事業に経営資源を集中できる点はメリットです。単独経営の場合は、後継者がいなければ最悪の場合廃業となりかねません。
しかし廃業するには、解雇する医療スタッフへの補償や設備の処分費用など多くのコストがかかります。M&Aで買い取ってもらえればそれらの費用がかからず売却側のメリットは大きいといえるでしょう。
■買い手が見る医療M&Aのポイント
では、買い手になる企業・法人はどのようなポイントを見て買収を検討するのでしょうか。主なポイントとして以下の3つが挙げられます。
収益を改善できるか
経営悪化した病院を買収する場合は、M&Aによって収益の改善が見込めるかが重要です。「病床の稼働割合」「損益分岐点を超える患者数があるか」などがチェックされます。診察料の平均単価など収益データも正確に示すことが必要です。また施設の老朽化による売却の場合は、医療設備もチェックされるため、「衛生や安全面で不備がないか」について点検しておくことが肝要といえるでしょう。
病院の立地
病院も患者が通いやすい立地は、重要なポイントの一つです。特に高齢者は交通アクセスが悪い病院には通いづらいでしょう。ただしすでにある立地を容易に変更することはできないため、駅から遠い場合は、マイクロバスを運行するなど利便性を向上させる対策が必要です。また「周辺に競合病院があるかどうか」についてもチェックされます。
競合病院よりも優れた点があることを買い手にアピールすることが求められるでしょう。
医師や看護師など医療スタッフを確保できるか
医療スタッフが不足していると収益力に影響を及ぼしかねません。買い手は、医師や看護師の過去の離職率などをチェックし「安定した医療スタッフを確保できるか」を判断します。日ごろから適正な給与水準やスタッフが働きやすい労働環境を整えて離職者を防止する努力が欠かせません。労働環境改善のための対策を買い手に提示できれば評価が高くなる可能性があります。
■医療M&Aの事例
医療・病院業界におけるM&Aの事例を見てみましょう。M&A仲介サービス業のFUNDBOOKが公式サイトで公開している事例から病院同士のM&A と異業種によるM&Aの2つのケースを紹介します。
日本赤十字グループによる病院の統合再編
日本赤十字社は2015年2月に兵庫県立柏原病院と柏原赤十字病院を統合再編させる計画を発表しました。両病院ともに兵庫県丹波市に位置しています。県立柏原病院は、がん支援センターや脳外科神経外科などの高度専門医療を提供、柏原赤十字病院は婦人科や内科、内視鏡センターを有していました。統合は、両病院の施設の老朽化や手狭になったことに加え医療設備の観点から検討されたものです。
2019年7月に統合が実施され兵庫県立丹波医療センターが設立されました。丹波地域の中核病院としてその後も経営が続いています。
セコムによる倉本記念病院の取得
警備業大手のセコムは、1998年に千葉県船橋市にある倉本記念病院の土地・建物を買収しました。同病院は1998年に経営破綻しましたが、セコムが病院の救済と新たな病院事業の進出のために買収したものです。病院名に企業名を冠することができないため、セコメディック病院という名前で同年に開院しました。この買収には、特殊な方法が用いられています。
医療法人は、非営利性が求められるため、セコムは出資方法として買収した土地・建物を医療法人に貸し付けるリースバックという方法を採用しました。この方法により非営利性を保ちながら経営に参画しています。
事例出典:FUNDBOOK公式サイト 【2020年】医療・病院業界のM&A事例9選【最新版】 | FUNDBOOK(ファンドブック)M&A仲介サービス
ここまで医療M&Aを利用して病院を事業承継する方法を見てきました。しかし病院の事業を拡大するためには、M&Aを上手に活用することも有効な方法の一つといえるでしょう。事業承継だけでなく事業拡大にも役立つ医療M&Aは、これからの時代にいざというときの有力な選択肢となりそうです。