医師に限らず、事業規模が拡大する際には法人化によって節税できることはよく知られているところですが、相続税対策となると話が変わります。
特に医師の中でも開業医の相続は特殊であることから、対策を怠ると多額の相続税が発生します。
相続される側が負担にならないためにも、早いうちから計画的に相続税対策を講じることが大切です。
■法人化が相続税対策にならない理由
医師が節税対策のために法人化するケースはよくみられます。確かに自分や配偶者、そして子供が出資して法人を設立することで、節税効果を生み出すことは可能です。法人の形態には株式会社、一般社団法人、そして合同会社がありますが、それぞれにメリット、そしてデメリットが存在します。
一般的にさまざまな事業を行っていく計画があれば株式会社が望ましく、公益的な事業を行う予定であれば、収入の一部を非課税とすることができるという理由から一般社団法人が向いているといわれています。合同会社は会社設立時の費用を抑えたいと考える際に選択される形態です。
一般社団法人は、株式会社や合同会社と比較するとやや公益的な法人という位置付けとなり、設立時の社員は2名以上が必要となります。
そして以前は一般社団法人に対する持分(株式)については相続税の課税対象外となるというメリットがあったことから、家族が出資して一般社団法人を立ち上げることで節税対策として利用されていたという実情があります。
2018年の税制改正
しかし、公的な事業とはいえど、実質的には株式会社などの営利企業と変わらないことから、2018年度の税制改正により、親族によって出資されている一般社団法人については相続税の課税対象となりました。
これにより、これまでの相続税対策ができなくなったことから、法人化することによって対策することだけを考えていた医療法人については、今後新たに対策を講じる必要が出てきたといえるでしょう。
■医師が相続税対策を行う必要性
また、法人化を行っていない医師であっても、相続税対策を行う必要があります。
なぜなら、医師における相続税課税対象資産は、個人の資産だけでなく、病院の資産も含まれるからです。病院の資産には、不動産(病院の土地および建物、そして患者向けの駐車場を用意している場合はその土地も含む)や医療機器などのほか、医薬品なども対象となります。特に医療機器などは高額のものが多いことから、個人の資産は少なくても病院の資産を合わせるとかなりの額になる可能性は十分にあります。したがって、これらの資産総額を考えて相続税対策を行う必要があるのです。
相続税の税率および控除額
相続税の算出においては、相続人が実際に取得した財産の額に直接税率を乗じるというものではなく、課税対象となる資産額合計から基礎控除額を差し引いた残りの額を、「民法に定める相続分」により按分した額に税率を乗じて計算します。
そして、ここでいう「民法に定める相続分」については基礎控除額を計算するときに用いる法定相続人の数に応じた相続分(法定相続分)により計算されます。
実際の計算においては、法定相続分により按分した法定相続分に応じて取得した相続財産額に応じた税率および控除額を適用し、求めることとなります。
(相続税の速算表)2015年1月1日以降に発生した相続に適用
法定相続分に応じた取得財産額 | 税率 | 控除額 |
1,000万円以下 | 10% | 0円 |
3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
1億円以下 | 30% | 700万円 |
2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円超 | 55% | 7,200万円 |
相続税の最高税率は55%となっており、課税対象資産の額も考慮するとかなりの税額になることは容易に想定されます。
また、相続税の納付は相続が開始したことを知った日(被相続人が亡くなった日)から10ヵ月以内に現金で納めることとなっています。そのため、相続人に対しても短期間に現金を用意するという負担をかけてしまうことにつながります。
■個人版事業承継税制を有効活用する
2019年度の税制改正により、個人事業主の事業承継を促進するため、10年間の限定で「個人版事業承継税制」が創設されました。
個人事業主は株式を承継することができないため、直接後継者に事業で必要な資産を譲渡させることになります。
対象となる者
個人版事業承継税制は、個人の事業用資産についての贈与税・相続税の納税を猶予もしくは免除する目的で創られたものです。
したがって、不動産貸付事業者などを除く青色申告で行っていた事業者の後継者が対象となります。また、一定の要件を満たしていれば、資産を贈与した後継者が亡くなったなどの場合、納税が猶予されている贈与税、相続税の納付が免除されます。
10年間の限定制度
個人版事業承継税制は、個人事業主として事業を行っていた者の後継者が、2019年4月1日から2024年3月31日までに「個人事業承継計画」を都道府県知事に提出して確認を受けた後、円滑化法(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律)の認定を受け、2019年1月1日から2028年12月31日までに贈与または相続などにより、特定事業用資産を取得した場合に適用される制度となっています。
要件を満たすことで、特定事業用資産に関する贈与税または相続税の全額の納税が猶予されます。
特定事業用資産とは?
ちなみにこの制度の対象となる「特定事業用資産」とは、被相続人の事業の用に供されていた以下の資産で、贈与または相続等の日の属する年の前年分の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されていたものをいいます。
1.宅地等(400㎡まで)
2.建物(床面積800㎡まで)
3.以外の減価償却資産で以下のもの
・固定資産税の課税対象とされているもの/自動車税・軽自動車税の営業用の標準税率が適用されるもの/その他一定のもの(貨物運送用など一定の自動車、乳牛・果樹等の生物、特許権等の無形固定資産)
後継者が制度を受けるための要件
まず、後継者である相続人は以下の要件を満たす必要があります。
・円滑化法の認定を受けていること
・相続の開始前、特定の事業用資産に関連する事業に関わっていたこと(60歳未満で先代事業者が死亡した場合は除く)
・相続税の申告期限において、原則として税務署に開業届出書を提出し、青色申告の承認を受けていること
・特定事業用資産に係る事業が、資産管理事業および性風俗関連特殊営業に該当しないこと
・特に開業届出書および青色申告の承認については、期限が定められていますので注意が必要です。
(1)開業届の提出期限
事業の開始の日から1ヵ月以内。
(2)青色申告の承認申請期限
青色申告の承認申請期限は、相続の開始を知った日によって以下のとおり異なります。
相続の開始を知った日 | 申請期限 |
その年1/1~8/31 | 死亡の日から4ヵ月以内 |
その年9/1~10/31 | その年12/31まで |
その年11/1~12/31 | その年の翌年2/15まで |
なお、後継者が相続前から他の業務を行っている場合には、青色申告をしようとする年分のその年の3月15日までに申請を行うことが必要となります。
また、被相続人においても以下の要件を満たす必要があります。
(1)「被相続人が先代事業者である場合
相続開始の日の属する年、その前年およびその前々年を青色で確定申告していること
(2)被相続人が先代事業者以外の場合
先代事業者の相続開始の直前において、先代事業者と生計を一にする親族であること
先代の事業者から贈与または相続を受けた後、一定の期間内に特定の事業用資産の相続に関わった被相続人であること
猶予から免除までの流れ
まず相続税の申告期限までに、税務署に対して納税が猶予される期間の相続税および利子税の額に見合う担保を提供する必要があります。
この担保については、猶予期間中3年ごとに「継続届出書」に一定の書類を添付して所轄の税務署へ提出する必要があります。「継続届出書」の提出がない場合には、猶予されている相続税の全額と利子税を納付しなければならなくなりますので、注意が必要です。
そして、後継者の死亡等があった場合には、「免除届出書」および「免除申請書」を提出することにより、その死亡等があったときに納税が猶予されている相続税の全部または一部についてその納付が免除されます。
■特定事業用宅地特例の内容も理解しておこう
医師が利用できる相続税対策には、上で紹介した個人版事業承継税制以外にも「特定事業用宅地特例」という制度があります。相続された医院用(上限面積400㎡)や、居住用(上限面積330㎡)の宅地を対象に一定の面積まで相続税の課税価格に算入すべき価額の80%(不動産貸付用は50%)が減額されます。
また最大730㎡の範囲内であるなら、医院用と居住用の併用も対象となります。
ただし、この制度を利用する際に合わせて個人版事業承継税制を利用しようとする場合は、適用対象となる宅地等の限度面積が「400㎡-特定同族会社事業用宅地等の面積」となることに注意してください。
医師における相続税制については、既存の制度の改正により、新しく期間限定で相続税対策に利用できる制度も創設されています。それらの制度の詳細を理解し、さらに自身の資産がどのくらいになるのかを把握したうえで、早めに対策に取り組むことが必要だといえるでしょう。