経営者の高齢化と後継者不足に伴い中小企業だけでなく医療法人においても事業承継が大きな課題となっています。医療業界の後継者不足は、データ上からも深刻な状況です。
本稿では、事業承継の3つの方法について考えつつ不動産を購入して節税する方法も紹介します。
■深刻化する後継者不足
中小企業で後継者不足が叫ばれて久しいですが医療法人も同様の悩みを抱えているのが現状です。
帝国データバンクの「全国企業『後継者不在率』動向調査(2020年)」によると2020年における全国の病院・医療機関の後継者不在率は73.6%と非常に高い比率でした。
2019年の73.9%より若干改善したとはいえ依然として約4分の3の病院・医療機関が後継者不足に直面しています。
2020年における全企業の後継者平均不在率は65.1%となっており病院・医療機関の後継者不足は深刻な状況といってよいでしょう。
同じく帝国データバンクの調べによると2019年における医療機関の倒産件数は病院8件、診療所22件、歯科医院15件の合計45件に上りました。
しかし倒産よりもはるかに多いのが休業・廃業・解散に至った医療機関です。
2018年1~12月の休業・廃業・解散した医療機関は400件あり倒産に比べ約10倍の数となっています。
倒産に至るほど業績が悪くなくても後継者がいないばかりに経営を継続できないとすれば残念なことです。そこで事業承継して経営を続ける方法について検討する必要があります。
■事業承継にはどのような方法があるか
事業承継を行うには、主に以下の3つの方法がありますが後継者の有無によって選ぶ方法が変わります。
親族内承継や親族外承継のどちらでも後継者がいる場合は、経営者が自分で経営を引き継げるため、理想的です。
後継者が見つからなければM&Aを利用して病院を第三者の手に渡す方法も選択肢に入れなければなりません。
親族内承継
親族内承継とは、自分の子どもや娘婿などの親族に事業を承継させることを指します。顔なじみのため、従業員や取引先に受け入れられやすい点はメリットです。
また子どもであれば入社したときから将来の後継者として早めに育成を始めることができるため、事業承継では最も浸透している方法といえます。
親族に医師がいない場合はどうなるでしょうか。
医療法人は、医師でなくても経営者になることは可能です。しかし医療事業という特性上病院の管理者は医師の必要があります。
そのため医師免許のない親族が後継者になることは現実的に困難です。
前出した調査で一般企業よりも病院・医療機関の後継者不在率が高いことも納得できます。
ただし子どもの配偶者に医師がいる場合は、後継者に指名することは可能です。
逆に医師の子どもが複数いる場合は、相続の問題もあり事業承継で争いになる場合もあります。そのケースでは、長男に病院を継がせたら次男には別にクリニックを開院させるなどの対策を取る必要があるでしょう。
「全国企業『後継者不在率』動向調査(2020年)」によると2020年における同族承継(親族内承継)によって引き継いだ割合は34.2%で2018年の42.7%から急激に減少しています。
依然として就任経緯別ではトップです。しかし事業承継において親族内承継が中心の時代ではなくなっていることが分かります。
親族外承継
親族外承継とは、従業員・役員もしくは外部から後継者を雇い入れて事業を継がせることです。
社内の人材の中から選ぶ場合は、すでに経営者としての資質を備えている人が分かっているため、育成に長い時間をかけずに事業承継できるメリットがあります。
内部昇格により経営者になれることで有能な従業員のモチベーションが上がり業績の向上に結び付く可能性も期待できるでしょう。
親族にふさわしい後継者がいない場合は、親族外承継が有力な選択肢になります。
同調査によると2020年における血縁関係のない役員を登用する内部昇格(親族外承継)は34.1%でした。
2018年の31.4%からも増加傾向で同族承継と拮抗する比率です。さらに外部招聘(8.3%)を加えると2020年では親族外承継が親族内承継を上回り事業承継の主流になりつつあることが理解できます。
ただし経営者が保証人になって金融機関から融資を受けている場合、事業を引き継ぐときに後継者も連帯保証人になることを求められる可能性がある点はデメリットです。
これにより事業承継を断られる可能性があることも押さえておきましょう。
M&Aによる事業承継
後継者が親族内にも従業員・外部にもいない場合は、廃業を避けるためM&Aによる事業承継を目指すことも選択肢の一つです。M&Aの手法には、「医療機関同士のM&A」「他業界の企業によるM&A」の2つがあります。
・医療機関同士のM&A
統合されることによって規模が大きくなり受け入れる患者数が増える点がメリットです。
地域に根差した大きな病院に買収される場合は、介護や福祉など多岐にわたるサポート体制を構築し事業領域を拡大することも期待できます。
・他業界の企業によるM&A
有力企業の資金が投下されることにより業績の改善および医療スタッフの雇用確保が期待できるでしょう。
他業界の企業は、病院運営の専門的なノウハウはないため、医療体制をそのまま引き継いで経営がスタートすることになります。
患者やスタッフのことを心配せずに譲渡できることは、経営者にとって大きなメリットです。
■不動産の購入が事業承継の節税になる理由とは
事業承継を行う際には、税金対策で頭を悩ます方も少なくありません。例えば不動産の購入によって資産額を下げる方法は、事業承継で有効な節税方法の一つです。
事業承継における会社・法人の評価方法には「純資産価額法」と「類似業種比準方式」などがあります。
・純資産価額法
純資産価額法で評価する場合、不動産の購入が節税に有効です。
なぜなら不動産を購入すると3年経過後に相続税評価額で計上することができるからです。
相続税の計算において土地は実際の取引価額の約70%、建物は約50~60%で評価されます。
例えば時価1億円の不動産を購入して評価額が60%の場合、約6,000万円に減額となることが期待できるのです。
非上場の場合、自社の株式(医療法人の場合は出資持分)の価値を正確に算出することは困難です。
そこで会社の純資産で企業価値を算出する方法が純資産価額方式です。現金のまま保有していると100%純資産価額として反映されてしまいます。
しかし不動産を購入すれば評価減になった分株式の価値を下げることが可能です。なお出資持分のない社団医療法人は資本金の概念がないため、評価は不要となります。
また財団医療法人も出資の概念がないため、同じく評価は不要です。
ただし支払った金額ではなく相続税評価額で計算できるのは購入から3年以上経過している場合です。
不動産を購入して3年以内は株価を時価で算出するように定められているため、3年以上経過していない場合は税制上のメリットはありません。
・類似業種比準方式
同じ医療業界の中で経営方法や利益額が類似している医療法人と比較して評価します。
節税方法としては、退職金を増額することによって評価額を下げることが可能です。
また保険料の損金算入が可能な生命保険に加入することでも評価額を下げることができます。
新型コロナウィルスの感染拡大で改めて分かったことは「地域にとって医療機関はなくてはならない存在」ということです。
後継者不足で廃業するようなことがあれば地域にとって大きな損失になります。
早い時期からの準備で事業承継を成功させ地域の医療を守ることができれば経営者にとっても住民にとっても理想的といえるでしょう。