少子高齢化や労働スタイルの多様化など、働き方の変化の過渡期にある日本。政府は多様な働き方の実現を目指す政策「働き方改革」を推進していて、これは医療界にも大きな影響を与えています。たとえば、一般企業で働く産業医。社員のメンタルケアを行い、うつ病の予防に貢献する産業医はさらに重要な役割を持つようになるでしょう。
独立・開業とは別のステップアップとして注目が集まる産業医について詳しく解説します。
産業医に資格はいる? 雇う会社の規模は? 産業医Q&A
日本医師会認定産業医のサイトによると、産業医とは「事業場において労働者の健康管理等について、専門的な立場から指導・助言を行う医師をいいます。労働安全衛生法により、一定の規模の事業場には産業医の選任が義務付けられています」とあります。
わかりやすくいえば、事業会社に在籍して、社員の健康を管理する医師のことです。産業医の職務は、労働安全衛生規則第14条第1項で次のとおりに規定されています。
1.健康診断及び面接指導等(労働安全衛生法第66条の8第1項に規定する面接指導及び法第66条の9に規定する必要な措置をいう)の実施並びにこれらの結果に基づく労働者の健康を保持するための措置に関すること
2.作業環境の維持管理に関すること
3.作業の管理に関すること
4.前3号に掲げるもののほか、労働者の健康管理に関すること
5.健康教育、健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るための措置に関すること
6.衛生教育に関すること
7.労働者の健康障害の原因の調査及び再発防止のための措置に関すること
さらに「少なくとも毎月1回作業場などを巡視し、作業方法又は衛生状態に有害なおそれがあるときは、直ちに、労働者の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない」とも定められています。
産業医は医師であれば誰もがなれるわけではありません。労働安全衛生規則第14条第2項に次のとおりに定められています。
1.労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識についての研修であって厚生労働大臣の指定する者(法人に限る)が行うものを修了した者
2.産業医の養成等を行うことを目的とする医学の正規の課程を設置している産業医科大学その他の大学であって厚生労働大臣が指定するものにおいて当該課程を修めて卒業した者であって、その大学が行う実習を履修したもの
3.労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、その試験の区分が保健衛生であるもの
学校教育法による大学において労働衛生に関する科目を担当する教授、准教授又は講師(常勤勤務する者に限る)の職にあり、又はあった者
4.前各号に掲げる者のほか、厚生労働大臣が定める者
簡略化して書くと、産業医になるためには「日本医師会の産業医基礎研修を修了する」「産業医科大学の産業医学基礎講座を修了する」「労働衛生コンサルタント試験に保健衛生区分で合格する」の三つの方法があります。
労働安全衛生法第13条では、全業種において、常時50人以上の労働者を使用する事業所で「産業医」の選任が義務付けられています。50人以上3,000人以下の事業会社は1名、3,001人以上は2名の産業医が必要になります。
産業医の働き方、専属と嘱託
産業医の働き方には「専属」と「嘱託」の二つがあります。それぞれについて、詳しく見ていきましょう。
専属産業医は、その会社専任の医師として働くスタイルです。就業時間は原則的に、その会社の社員と同様(たとえば、週5日/9~17時など)になります。ただ、産業医はここまで厳密に就業時間を決められていない場合も多く、ある程度自由に調整することができる場合が多いようです。
給与は年収で1,000万~1,500万円程度が目安になります。勤務医や開業医として働く医師は、これよりも多くの収入を得ている人も少なくありませんが、一概に金額だけを見て、「少ない」と判断すべきではありません。なぜなら、労働条件が大きく異なるからです。
産業医は普通の医師の世界とは異なり、残業や当直がありません。さらに、大企業の場合は福利厚生や退職金制度も充実しています。病院勤務の場合は退職金があまり多くないのが一般的なため、それとも比較するなど、全体を通して見てみたほうがよいでしょう。
一方の嘱託の産業医は、勤務医や開業医が非常勤として一時的に企業内で働きます。勤務ペースは契約主である企業側と相談して決めることが多く、月1回、週1回など、さまざまなケースがあります。そのため、自分の要望やワークライフバランスに合わせて選ぶことができるというメリットがあります。
報酬もまた企業によってさまざまですが、一般的には時給換算で3万~5万円が目安といわれていて、2時間訪問したとすると6万~10万円程度です。非常に高い時給を得られるため、外来などのアルバイトをするよりも効率的といえるでしょう。
患者のメンタルケアはもちろん、自分のメンタルケアも
社員の健康を管理するのが産業医の仕事ですが、自身の健康やメンタルのケアをすることも大切な仕事です。自分の精神が不安的なときに、相手のことを正しい判断でチェックすることはできないからです。
医師はハードワークゆえに、30人に1人が自殺リスクに晒されているともいわれています。責任感が強く、何でも完璧にやろうと考える人が多い医師は、どんなに辛く苦しい立場にいたとしても人に相談することができず、心身のバランスを崩してしまうことも少なくありません。
その点、産業医は医師の職種の中でもワークライフバランスがとりやすいといわれています。激務に限界を感じている医師の方は、一度視野を広げて産業医も含めた他の働き方を模索してみるという方法もあります。
まとめ
働き方が多様化している現在、医師も「開業医か、勤務医か」の2択ではなく、産業医や保険会社の社医など、さまざまな働き方の選択肢をもっておくことをおすすめします。そうすることで少し気持ちに余裕ができるはずです。特に産業医はメンタルケアが主な仕事になるため、自分のメンタルケアも重要な仕事です。余裕をもって患者さんと接するためにも、医師も心身ともに豊かな生活を心がけましょう。