22年4月1日から中小企業に対する「労働施策総合推進法(パワハラ防止法)」(大企業は20年6月から)が施行されて、セクハラやパワハラを含むハラスメント防止措置は事業者の義務になりました。職場でのセクハラやパワハラの被害に遭った場合、以前より訴えやすい環境が整ってきたといえるでしょう。
しかし一方で、「コミュニケーションのつもりだったのに、部下や取引先からハラスメントとして訴えられてしまった…」といったリスクが高まったともいえるかもしれません。そこで今回は、病院や職場で発生したハラスメントの事例をご紹介します。
目次
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「悪気はなかった」は認められない!セクハラ・パワハラ事例あれこれ
医療・福祉はハラスメントの多い業種
22年11月に「パーソル総合研究所」が公表した職場のハラスメントに関する調査結果によると、21年の年間におけるハラスメントを理由とした離職者数(推計)は約86.5万人で、うち57.3万人が、会社に事実を伝えられずに離職しています。表に出ていないだけでハラスメントに悩む人が多いのです。業種別に見ると、最多は17.9万人で「宿泊業・飲食サービス業」でしたが、次に多かったのは「医療、福祉」(14.4万人)でした。医師としては気になる結果です。
参考:パーソル総合研究</span >
「悪ふざけ」のモヒカン刈り、異性にまつわる「うわさ話を吹聴」がパワハラ・セクハラ認定されたケース
セクハラ、パワハラといっても、なかには加害者側が「ふざけすぎた」とか、「指導のつもりだった」と本人は悪気のない言動が該当するケースは少なくありません。
2018年には奈良県広域消防組合(橿原市)が、柏原消防署の50代の前副所長のパワハラを認めています。当時の報道によれば、前副所長は、署内の食堂で20~50代の部下5人の髪を6回にわたり、電動バリカンで散髪していました。そのうち1人はモヒカン刈りにされていました。前副所長は「最初は長い髪を整えるつもりが、ふざけてしまった」と回答。部下らは関係悪化を懸念して断れなかったのです。
1992年の福岡地裁の判例では、出版社の編集長が部下の女性社員について「彼女は異性関係が乱れている」と触れ回ったことで、女性が退職。女性が損害賠償請求を起こし、編集長と会社には165万円の支払いが命じられています。
コンビニ店員へのセクハラで市職員が停職6カ月の処分を受けたケース
職場以外でもセクハラ、パワハラは認められました。2014年には兵庫県加古川市の男性職員が勤務時間中に立ち寄った馴染みのコンビニで女性店員の手や腕を触って、迷惑行為をしたことを理由に停職6カ月の懲戒処分を下されています。男性は店員とは「普段から冗談を言い合っており、嫌がっていると思わなかった」と主張するも認められませんでした。
パワハラによってうつ病を発症し、自殺した医師の上司と組合が計1億円の損害賠償を負ったケース
そして病院でいえば、医師のパワハラ事案で有名な判例があります。「公立八鹿病院組合事件」(広島高裁松江支部 平成27年3月18日判決)で、自殺で亡くなった医師(被害者)の遺族(原告)が、勤務していた病院の運営組合と上司ら(加害者)を訴え、損害賠償請求を行いました。争点となったのは医師同士(上司と部下)のパワハラの内容でした。
裁判所は、被害者の医師が、長時間労働を課せられたり、上司にあたる医師から怒鳴られたほか、上司が指導と称して「患者の前で(被害者の)頭を1回ノックするように叩いて」いたり、「君(被害者)の仕事ぶりでは給料分に相当していない。両親に連絡しようか」と嫌味を言って追い詰めたり、他の医師やコメディカル、患者の前で、「電子カルテの記入の仕方が違う」「はぁー」などと言い続けたことが、指導や注意とは言い難いとしてパワハラ認定されました。
実際に被害者の医師はうつ病を発症し、自殺に至っています。組合と上司らには計1億円の損害賠償請求の判決が下されました。
「ついうっかり」では済まされない!ハラスメントに対する感覚をアップデートしよう
職場でセクハラ、パワハラと認定される行為について
ハラスメントの中でも、職場における「セクハラ」には、主に「対価型セクシャルハラスメント」と「環境型セクシャルハラスメント」があります。前者は、同僚や後輩などに性的な言動をし、それを拒否したことで解雇、降格、減給などの不利益を受けること、後者は、特定の相手に向けられたものではなくても、性的な言動が行われることで職場の環境自体が不快になって労働者の能力が発揮できなくなることです。それとは別に、女性労働者が妊娠や出産したことで、仕事のポジションを奪ったり、嫌味を言うことも職場でのセクハラに該当します。
「パワハラ防止法」で定められた、パワハラに関する新基準の項目は6つです。「身体的な攻撃」(暴行・傷害)、「精神的な攻撃」(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)、「人間関係からの切り離し」(隔離・仲間外し・無視)、「過大な要求」(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)、「過小な要求」(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)、「個の侵害」(私的なことに過度に立ち入ること)です。
※詳しくは厚労省HP「職場におけるハラスメントの防止のために」を参照してください。</span >
部下や同僚に限らず、医師であれば、看護士、患者、取引先の医療従事者やメーカー勤務者、医学部生などの学生も被害者になります。当然、男性も女性関係なく、異性に対するものだけではなく、同性に対するものも該当します。
職場での性的な会話など、周囲が不快に感じる言動はセクハラになる
特に気をつけたいのは「環境型セクハラ」です。例としては、根本的に職場で男女(性対象)を意識させることがハラスメントになります。男性同士の雑談で「バイアグラを飲んでいる」「患者の〇〇さんキレイだよね」といった会話によって、周囲の人が「気分が悪くて仕事に集中できない」とクレームを入れたら、セクハラとして受理されてしまう可能性が高いでしょう。
私的な活動に過度に干渉する「個の侵害」もパラハラとみなされる
「パワハラ」の6項目でいえば、とくに意識したいのは「個の侵害」です。厚労省は〈労働者を職場外でも継続的に監視したり、会社の業務と関係ない私物の写真撮影をする〉ことを示しています。たとえば、テレワーク中に「仕事は進んでいるのか?」と聞く場合、1日に3~4回の電話やメールですぐさまパワハラには該当しません。ですが、10回近く何度も連絡するのは仕事の妨害という「過大な要求」に当たる可能性があります。
またインスタグラムなどのSNSにアップするために部下や同僚の写真を無断で撮るのも、避けた方がよいでしょう。社内の人に無用にカメラを向けると変な誤解が生まれ、パワハラに当たるケースもあります。
同性間の「イジリ」に注意。セクハラ、パワハラとみなされるケースも
男性上司と男性部下のセクハラ被害が増加中
また近年は同性間の「セクハラ」が横行しています。厚労省は、2014年7月1日施行の「改正男女雇用機会均等法」に「全国の労働局に寄せられる相談で、同性間のセクハラ被害を訴えるケースが増えている」として、同性間のセクハラ被害を指針に盛り込みました。男性上司と部下のセクハラ被害も増えているというのです。
厚労省の指針によれば、〈上司との性的な話題に付き合う男性社員が、上司に好かれて厚遇されることがある〉〈接待などとして、性的サービスを取り入れることを要求される〉なども該当します。男性同士であっても、上司が部下に下ネタに付き合わせたり、結婚や離婚、容姿について「イジる」こともセクハラです。
上司が部下の肩に「よくやった」と言って触ったり手を置いたりする行為も、避けた方がよいでしょう。現代では必要なく体に接触する行為は、セクハラに受け取られるケースがあるためです。
男性社員が男性上司からセクハラを受けたケース
2018年の横浜地裁の事案では、郵便局の男性社員が男性上司から温泉や職場でセクハラを受けたと訴えています。被害男性は、上司と2人で日帰りで出掛けた温泉で下半身を触られたり、抱きつかれたりしたため、適応障害を発症しました。この上司は日頃から職場で男性社員に「がんばれよ」などと尻を叩いていたことも分かりました。ただし、この事案ではセクハラは認められず、裁判官は「客観的には直ちにセクハラとは言えない」と指摘しています。しかし、当人がコミュニケーションのつもりだったと主張しても、一度セクハラで訴えられてしまえば、職場にいづらくなってしまうことでしょう。
まとめ
最近はジャニーズ事務所の性加害問題や歌舞伎俳優の市川猿之助さんの同性へのセクハラが報じられて、注目を集めています。同性間であってもセクハラ事案へは厳しい処罰が下される可能性がありますから、「そんなつもりはなかった」では済まされない時代です。知識をアップデートし、職場でのふるまいにはいっそう気を付ける必要があります。