近年、働き方改革にともなう残業時間や働き方の見直しにより、勤務医の労務問題や悩みが浮き彫りになっています。これまでも時間外労働が年間960時間を超えている医師は、時短に取り組む努力を求められていましたが、医師の中でも体力を活かして存分に勤務時間やオペ回数を増やしてキャリアや経験を積み上げながら働きたい方と、ワークライフバランスを重視して働きたい方がいるでしょう。
また、勤務先の残業時間の上限変化がある場合や、小規模で人手不足に悩むクリニックなどは、どのような点に気をつけて働けば良いのか、悩みは尽きないことと思います。
本記事では、社会保険労務士目線で勤務医が気をつけるべき労働問題や、働き方に関する問題、多くの人が抱える疑問点について紹介します。
※個人情報保護のため、事例は趣旨を曲げない範囲での脚色・改変を加えています。
2024年施行の「医師の働き方改革」にまつわる疑問
医師の働き方は今後、二極化していくのか?
近年、ドクターたちの働き方は以下の2つに二極化しているといわれることがあります。
・ワークライフバランスを重視して生活を大切にしたいと思う働き方
・キャリアの成長や残業による収入を望む働き方
前者の働き方をするドクターたちは、36協定の拡大を歓迎している傾向にあります。一方、後者の働き方をするドクターたちの中には、働き方改革がこのまま推進されていくと、収入面で損をするという懸念や、思うように働けなくなることを心配する人もいるでしょう。
社労士目線では、医師の働き方は今後二極化するのではなく、「どちらの働き方を選んでも自分のペースで働け、かつ多様な働き方を選択できるようになっていく」のではないかと考えます。
ただし、単にお金を稼ぎたいだけで新しいスキルを身につける意欲が低い医師の場合は、働いた分だけ収入が上がるといったこれまでの働き方を続けるには限界があるかもしれません。勤務医の皆さんは、この点を理解した上で、自分に合った働き方を選択する必要があるといえます。
「医師の働き方改革」で勤務医の働き方は具体的に何が変わるのか?
厚生労働省は令和3年度に、医師の働き方改革について時間外労働の規制や地域医療の働き方に関する資料を展開し、残業の上限時間の規定を設ける旨を記載しました。
これは医師に業務が集約することで過重労働をまねき、医師本人の体調の悪化や人間らしい働き方ができないといった問題を解決するためのものです。バーンアウト(燃え尽き症候群)を防いだり、医師の心身の健康のためにも、医療機関では順次適切な働き方改革の導入が望まれます。
2024年に施行される「医師の働き方改革」によって、今後、医師の働き方に大きな影響が出ると言われています。たとえば、医師の残業時間が年間1,860時間(月100時間)または年960時間を超えた場合は、休暇取得以内に努めることや、面接指導や就業上の措置が求められるためです。
これまで残業代で稼いでいた医師にとっては、収入のマイナスが感じられるかもしれません。しかし、積極的に働く意識をもっている医師や、時間に融通のきく勤務医の方は、病院や医局外でのアルバイトを増やしたり独立したりすることで、活躍の幅を増やすチャンスに変えることができるでしょう。
女性医師の働き方にまつわる疑問
女性の医師も働きやすくなっていくの?
近年、働き方改革の中でも女性の働き方が注目されていますが、医療業界でもこの動きは推進され、女性の医師が働きやすい環境が構築されつつあります。
女性向けの働き方改革が進むと、医師でも時間内で業務を完了できることが以前より増えていくでしょう。さらに、安心して働ける環境が整備されれば、女性医師も出産や育児に積極的になる可能性が高まります。
また、子ども世代にとっても良い影響が考えられます。医師である親が生き生きと働く姿を目にしたり、家庭の経済状況や暮らしぶりが豊かになることで良い影響が生まれ、「将来は医師になりたい」と思うかもしれません。将来の医師不足の解消や、女性医師の活躍につながるといった意味でも、医師の働き方改革は社会に対して幅広くポジティブな影響があるという見解もあります。
昨今はICTやDX化の推進など、デジタル化に対して国が本腰を入れて取り組んでいます。オンライン診療や電子処方箋が浸透し始めおり、さまざまな働き方の選択肢が増えているので、男女問わず、育児や介護で勤務時間や勤務地に制約のある医師も働きやすくなっていくでしょう。
働きやすくなるのは女性医師だけ?
「女性の働き方が変わると男性医師にしわ寄せがくるのでは?」と考える方もいるでしょう。近年は女性の働き方が変化することで男性の労働環境も改善され、家庭や教育を大切にする人々が増えるという流れもあります。
女性の医師が働きやすくなると、男性医師の労働環境も改善されて、教育や家庭を大事にする方も増えていくため、女性が働きやすい環境は良い環境づくりに影響するのです。
いわゆる「雇われ院長」の働き方にまつわる疑問
小さいクリニックで働く「雇われ院長」は会社員扱い?それとも経営者扱い?
「院長」の肩書きをもつ医師には、大学病院や市中病院の理事長や院長以外にも、クリニックで、いわゆる「雇われ院長」として勤務する医師もいます。雇われ院長と大学病院に勤める理事長や院長との違いが気になる方も多いのではないでしょうか。「雇われ院長」はその肩書きから管理職というイメージがあるため、残業や36協定の対象外になると考える方も多いかもしれません。
いわゆる「雇われ院長」が労働者・経営者のどちらとしてみなされるかについては、雇われ院長である当人が管理監督者に該当するかどうかで変わります。
一般企業では、労働者は出勤時間や退勤時間が定められていますが、部長など管理職として対外的な業務を行う者には、夜間の接待など時間に対する裁量が委ねられていることが多くなります。そのため、医師の場合でも一般企業と同様に、雇われ院長である当人が管理監督者に該当するか否かを確認しましょう。
管理監督者か判断がつかない場合は、労働の裁量性があるかどうかを確認しよう!
また、院長の働き方に裁量があるか否かも重要な判断基準になります。一般の労働者であれば出勤時間や退勤時間が決められていますが、対外的な動きをする部長クラスであれば勤務時間外の労働や他スタッフの業務に対する指示等の裁量が任せられていることが多いためです。
ある一般企業のケースでは、大手飲食チェーンが各店舗の店長を管理監督者として扱い、裁量労働としての夜間のワンオペ業務を指示していましたが、裁判では大手飲食チェーンの主張は認められず、残業代の支払いが命じられたことがありました。同様に、雇われ院長であっても働き方に裁量性がない場合、一般の労働者とみなされ労働基準法によって保護されるということです。
一般的に、比較的規模の大きな医療法人の分院長や院長の多くは、人事権があるため管理監督者として認められるケースが多くなります。
名目上が雇われ院長であっても、比較的規模の大きな病院で各課に裁量や労働時間の割り振りを任せている場合は、管理監督者とみなされるケースが多いようです。そのため、院長に対しての残業代は払われない分、責任に見合った適切な報酬が支払われているのが現実です。いっぽう、従業員のようにすべての指示を受けている場合は、肩書きは「院長」「理事長」であっても管理監督者とはみなされないでしょう。
まとめ
医師の働き方改革が推進され、勤務医の働き方は今後大きく変わっていきます。
勤務先によっては、労働環境の見直しによって、これまで通り思い切り働けなくなることに不満を感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、医師の過重労働やバーンアウトなどが深刻化している昨今においては、働き方改革や労働環境の見直しは、なによりも「医師が長く健康に働き続けるため」にあるものです。
今回の法改正をきっかけに、今後も新しく情報が入る医師の働き方改革や労働に関するニュースを見ながら、健康で安全にキャリアを築きながら働ける方法を見つけてみてください。