高額所得者である医師にとって、確定申告は1年間の税務を確認できるチャンスです。手元により多くのキャッシュを残すため、上手に節税することも重要ですが、一部にはそれを取り違え、「脱税」に走ってしまうケースもあります。そんな悪質な医師たちがどんな落とし穴に堕ちるのか。一方、日頃まじめに業務に従事している医師が脱税の疑いをかけられたら、どう対処すればよいのか。突然の「税務調査」への対策や、ちょっとしたミスで課せられる税ペナルティについて解説します。
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追徴課税「約1億5千万円」も徴収された悪徳医師
昔の話になりますが、新宿・歌舞伎町で外国人労働者から「赤ひげ先生」と慕われた医師が、東京国税局から3億円超の所得隠しを指摘されました。保険証がない外国人らを診療し、彼らへの診療で得た報酬の一部を隠ぺいするなどしていたのです。
この医師は、深夜診療にも対応する医療機関として、歌舞伎町で働く多くの外国人労働者に感謝されていました。しかし、外国人らが「無保険」であることを逆手に取り、診察内容や金額がわかりにくい「自由診療」を行い、患者から受け取った治療費を隠ぺいしたと判断されました。悪質な行為であるとして、東京国税局はこの医師に対し、追徴課税約1億5千万円の支払いを命じました。
実際の税務調査で調べられるポイントは?
医師の脱税は、税務上のペナルティだけでは留まらず、戒告、医業停止、免許取り消しなどの行政処分が課されることもあります。
まじめに確定申告を行っている医師のもとにも、ある日突然、税務署職員がやってきます。といっても、抜き打ちではありません。原則として、訪問日時や場所、調査する対象、調査対象期間などを事前に知らせ、当事者の承諾を取ってから訪問することになっています。そこで、どんな内容が調査されるのでしょうか。
【出身大学や現在の交友関係】
これは接待交際費における相手先を突き止めるためです。業務に関係のない飲食や旅行などの経費が計上されていないかが疑われるときに調べられます。
【開院するまでの職務経歴】
過去の業務のなかで懇意になった医師との間で、架空診療などが疑われる病診連携の事実がないかが調べられます。
【開業までの経過】
メインとしている治療分野や得意分野について聞かれます。この質問から税務署職員が引き出したいのは、「自由診療収入」における医師自身の考え方です。一般的と思っている認識が税務署職員と乖離していたりすると、疑いは晴れませんので注意してください。
【家族構成】
親や配偶者の事業従事の度合はどの程度か、医師免許を持つ家族がいるか否か、家族が従事している場合、業務に相応しい給与水準であるかなどが調べられます。
【通勤手段】
クルマ通勤の場合、固定資産台帳に計上されているクルマと同じであるか調べられます。事業においてクルマを使用している場合は、具体的な使用方法も聞かれます。
【趣味】
医師個人の趣味の浪費が経費に混入していないかを調べます。院内に飾る目的で購入した高価な美術品やインテリア、待合室にはふさわしくない大画面TVやハイスペックなオーディオシステムなど、疑わしいと思われる品はないかが調査されます。
【診療体制、スタッフの人数】
院長がスタッフそれぞれの仕事の役割を把握していないと、「架空人件費計上」を疑われます。タイムカードの管理方法、各人の勤務時間帯、院内連絡ノートやシフトカレンダーがあれば、勤務実態が確認できるような書き込みがされているかもチェックされます。
【医療機器、電子カルテやレセプトコンピューターの有無】
これらがあれば使用の実績が確認されます。パソコンがある場合にはその使用目的も。少しでも業務以外のデータが保存されていたらNGです。
【取引業者】
薬品材料卸、外注の検査会社、各種技工所、医療廃棄物処理業者などのすべての取引先が対象です。名刺ホルダーがあれば、その内容もくまなく調べます。
【金銭管理状況】
取引銀行はどこか、レジの釣り銭や両替銭はどのように管理しているか。領収証控や納品書、指示書の控えもチェックされますので、きちんとファイリングしておきましょう。
【カルテやレセプトの管理状況】
患者のアポイント帳や、カルテなどの帳票資料の保管状況が調べられます。
さまざまな書類の記入誤りを修正するときは、修正液や修正テープは使わず、修正前の文字がわかるように二重線を引いて、その上の空白部分に正しい内容を書き込むようにしたほうが賢明です。税務署職員からあらぬ疑いをかけられることを避けるためにも、二重線での修正を習慣づけましょう。
【休憩所や備品倉庫】
クリニックの場所とは別に、近くのマンションの一室などを借りて、スタッフ休憩室にしたり、医薬品や備品などを保管しているケースもあります。このような場合、医師の「特殊関係者(=愛人)」が住んでいると疑われないよう注意が必要です。
悪意なら当然、「間違った」だけでもペナルティがある
意図的に偽りの確定申告をした場合は当然ですが、誤って過少に申告した、申告期限に書類が間に合わなかった、支払期限までに税金を払えなかった場合でも、追徴課税は課されてしまいます。
【過少申告加算税】
納税額を実際より少なく申告してしまった場合に賦課される税金です。税務調査などにより過少納税が発覚した場合は、本来の納税額に10%の過少申告加算税が上乗せされます。税務調査発覚前に自ら気づいて修正申告した場合でも、5%の加算税上乗せになります。ただし、申告期間内に修正申告した場合は、加算税はかかりません。
【延滞税】
「確定申告はしたが、忙しくて金融機関へ行けず、納付期限が過ぎてしまった」という人にかかる加算税です。法定納付期限の翌日から納付する日までの日数に応じて、いわゆる「利息」のように加算されます。
【無申告加算税】
確定申告書を申告期限までに提出しなかった場合課される税金です。納付すべき税額に対して、原則として、50万円までは15%、50万円を超える部分は20%の加算税が上乗せになります。しかし、税務署の指摘を受ける前に自主的に期限後申告をした場合は、加算税上乗せ率は5%に軽減されます。
【重加算税】
前述の「赤ひげ先生」のように、治療費隠ぺいなどの悪意ある申告が発覚した場合に課される税金で、無申告加算税、過少申告加算税、不納付加算税に代わって課されます。過少申告加算税・不納付加算税に代えて課す場合は、納付すべき税額に対して35%相当額、無申告加算税に代えて課す場合は、納付すべき税額に対して40%の加算税が上乗せになります。
あらぬ疑いをかけられないため、前向きに取り組む姿勢をアピール
税務調査には「任意調査」と「強制調査」の2種類があります。任意調査は納税者の同意のもと行われるもので、通常、クリニックに対して行われるのはこの任意調査です。しかし、産婦人科や美容外科、矯正歯科などの自由診療割合の高い診療科目では、強制調査が行われるケースも増えています。日頃から申告と納税に対して前向きに取り組んでいれば、税務署から疑いがかかるようなことはないと思いますが、万が一、税務署から任意調査の連絡が入ったら、落ち着いて、真摯な態度で、すべてさらけ出す意気込みで臨みましょう。