社会的地位が高く、患者さんから感謝されることの多い医師も、決して“万能の神”ではなく、“ひとりの人間”です。生きていれば何かのきっかけでつまづくこともあり、仕事においてもそれは同じで、さまざまな理由から職場を変えることもあるでしょう。医師はどんなきっかけで、今の職場を離れる決心をするのでしょうか?
家族と過ごせない孤独に耐え兼ね……
医師の転職理由に関するアンケートで、1位になった理由は何だと思われますか? 「ハードワーク」や「人間関係」というワードがパッと出てくるかもしれませんが、実際は「家庭・生活事情」です。仕事場のことではなく、家庭のことが原因になることが多いそうです。(「2016年医師転職ドットコム利用者へのアンケート」抜粋)
リアルな声を見てみると、「勤務する病院の労働時間が長くて家族との時間を取れない」「子どもを産む予定だが、子育てをしながら仕事ができる環境とは思えない」というものが並びます。
要は、職場の環境が「家庭の時間」を大切にすることができる状況ではないから転職する(病院を変える)ことを考えるというわけです。
高収入を得ていて、社会的地位が高く、患者からは感謝されることの多い医者であっても、お金と名誉だけではQOL(生活の質)が満たされるものではなく、家族や友人などとふれあい、人間的な温もりのなかで生きることを選ぶ医師が増えているようです。
想像してみても、ハードワークをこなして夜遅くに病院から家に帰ってきても、家族は全員既に寝ていて、1人寂しくご飯を食べ、お酒を飲む光景は、やはり寂しいものです。孤独は人の心を蝕むことも多々あるものなので、「家庭・生活事情」が1位というのも納得ですね。
もう限界! 度を越したハードワーク
転職理由として「ハードワーク」も上位に挙がっています。
厚生労働省は2019年4月から働き方改革関連法で残業の上限規制をスタートしており、一般労働者は「年720時間まで」に設定されています。これにあわせて厚労省が医師の残業時間も調査したところ、実に「医師の約1割の残業時間が年1,900時間を超えている」という実態が浮き彫りになったそうです。
ちなみに、労災認定される過労死ラインは、一般労働者は年960時間とされています。医師の残業の上限規制は「最大で年1,860時間」で議論が進んでいます。この数値は一般労働者の過労死ラインの約2倍です。医師の仕事はハードワークといわれますが、こうして数字で見ると、それがいかに現実なのかがよくわかります。
医療の現場を見れば、当直が多い、当直明けでも外来やオペを担当する、連続するオンコール対応、休日の呼び出しもある……など、多くの医師は本当に限界まで日々頑張って、患者さんのために働いています。
ただ、現実問題として、医療の現場は少数のスペシャリストである医師の長時間労働のもとで成り立っている特殊な職場です。それゆえに長時間労働を解消することは簡単なことではありません。
今後も議論が続けられ、有益な解決策が出ることを期待したいところです。
将来のビジョンが見えない!
最後もハードワークに起因するものですが、日々忙しく限界まで働いているがゆえに、医師は自分の将来についてゆっくりと考える時間もなかなか取れないものです。
そうなると必然的に、仕事に打ち込む、病院におけるポジションが上がっていき、ますます自分の時間がなくなる、という悪循環が待っています。これが悪いわけではありませんが、将来のビジョンを自分で考えて、その実現のために環境を変える医師もいます。
たとえば、医学生時代は「将来は自分のクリニックを開業したい」と夢見ていた医師がいるとします。卒業後は大病院に勤務し、ひと通りのスキルを学んでから夢の一歩を踏み出そうと考えていましたが、残念ながら大病院で働いていても「病院を経営するスキル」を身に着けることは難しいといえるでしょう。
クリニックを開業するということは、クリニックの物件を購入または賃貸する、医療器具を揃える、各種免許の用意や届け出をする、広告・宣伝をする、スタッフを雇う、家賃や人件費を払うなど、医療行為だけに従事していた勤務医時代とは異なり、経営者としてやるべきことがたくさんあります。
この夢をつかむためには、勤務医として働きながら少ない時間で病院経営について学ぶか、または小規模病院に転職して病院経営を身近で見るなど、環境を変える必要があるでしょう。
日々働いている中で、「仕事には満足しているけど、何だか心がモヤモヤする」という医師の方は、もしかしたらかつて見た“自分の夢”を見失ってしまっているのかもしれません。できれば少しだけでも将来について考える時間を取りたいですね。
まとめ
家庭の事情、度が過ぎたハードワーク、将来の夢のため……理由は人それぞれですが、「このままではいけない」という気持ちが医師を転職へと動かします。転職は悪いことではなく、自分が信じた未来を自らの手で切り拓く行動です。でも、“焦り”は禁物です。焦って失敗しないためにも、一度考える時間を取り、しっかりしたビジョンをもって臨みたいものです。