令和3年11月に国税庁から、「令和3年事務年度における所得税及び消費税調査等の状況」について公表されました。(勤務医師の税務調査事例については、次回に譲りますが、)
「4 無申告者に対する調査状況」にも記載しているとおり、無申告者に対しては、税務署としても的確かつ厳格に対処するため、増加傾向にあります。私どもの事務所にも、無申告の方から調査立会の依頼が今年は多くかかってきていることから、コロナがおさまりつつある中で調査が増えつつある状況が伺えます。
医師の方の場合で、確定申告をしない理由として様々考えられますが、医師の方が申告をしない場合は、主たる所得が大きいため申告漏れの税額も大きくなるため、注意が必要になります。
それでは、無申告の場合にどのような影響があるか、一般的なケース、医師の場合に特に注意が必要なケースについてみていきたいと思います。
医師に限らず、無申告の場合にどのような影響があるのか?【税金編】
無申告のケースで課されるペナルティとして有名なのは、加算税といういわば罰金がかされるということです。
無申告の場合の罰金としては、下記のものがあります。
①無申告加算税
②延滞税
③重加算税
①無申告加算税
自ら期限後申告をした場合や、税務署から所得金額の決定処分を受けた場合で、納めるべき税金がある場合に課されます。課税額は状況により異なりますが、納めるべき税額に加え、その5%から20%を追加で払う必要があります。
なお、無申告加算税は、次の3要件を全て満たす場合には課されません。
・申告期限から1月以内に申告していること。
・納付期限までに納税が完了していること。
・過去5年間は期限後申告をしていないこと。
②延滞税
税務調査によって過少申告加算税が課税されるときには、超過した期間に応じて延滞税を同時に課されることになります。延滞税は罰則ではなく、あくまで申告の遅れに対する課税であり、金利と考えればわかりやすいのではないでしょうか。
この延滞税は、重加算税が課される場合を除き控除期間を設けることにより過度にならないように調整がなされます。
③重加算税
重加算税は、税額等の計算の基礎となる事実を隠ぺいし又は仮装したところに基づき法定申告期限までに納税申告書を提出しなかった場合などに課されます。どういった場合に、無申告重加算税になるかは、無申告であることと、仮装隠蔽というのは異なる問題であり、難しい問題であり長くなるため、ここでは割愛します。
いずれにしても、加算税は、下記ような税率となっていて、医師は通常の税率が高いため注意が必要だといえます。
<加算税の種類と税率>
加算税の種類 | 税率 |
無申告加算税 | 15~20% |
過少申告加算税 | 10~15% |
不納付加算税 | 10% |
重加算税 | ※過少申告加算税・不納付加算税に代えて 35% |
※無申告加算税に代えて 40% |
ポイント
無申告の場合には、罰金や延滞税など通常の納税額よりも多くの税金がかかります。特に医師の方は、主な所得が多いため税率も高くなることから、申告が必要なのにしていないことに気づいたらすぐに行うようにしましょう。
医師が確定申告をしていない場合、税金以外には何かペナルティはないのか?【行政編】
税務上のペナルティである加算税だけでも、十分に重いですが、医師の場合には、さらに行政上の処分が下される可能性もあります。
医師・歯科医師の行政処分については、厚生労働大臣が医道審議会での意見を聞いた上で処分内容が決定されます。
医道審議会とは、医師、歯科医師、理学療法士、作業療法士などの医療従事者に対する行政処分の調査・審議を行う機関です。
医師法第7条第1項および歯科医師法第7条第1項では、医師の行政処分の内容について以下の3つとしています。
①戒告
②3年以内の医業の停止
③免許の取り消し
重さとしては①、②、③の順に重くなっていきます。医道審議会は、医師の脱税行為に対して厳しい態度で臨んでいます。理由としては、脱税は、医師の直接的な業務にかかわるものではないが、医師に対する信頼を失墜させることにつながるためです。
そのために、免許の取り消しにつながる場合もあるなど、重たい処分がくだされる可能性もあります。
ポイント
医師という職業は、高い倫理観が求められる職業です。また、社会的影響も大きく職業・資格に対しての信頼が大切です。そのために、行政処分があり厳しい対応がとられています。
医師に対して刑事罰が課されることも
刑事罰とは、犯罪行為をして刑事裁判にかけられ、有罪判決が確定した人に対して執行される不利益処分のことをいいます。
「脱税」とは、一般的に、不正な行為によって税を免れる行為とされています。単に、確定申告をしていないという事実だけで、即座に脱税になるというわけではないということです。また、脱税事件といっても、税金に関連する刑事事件については、不正行為の内容や対象となる税金によって様々な類型があります。
ここでは、刑事告発される脱税事件とそれ以外の脱税の違いのみ簡単にみてみます。
実は、脱税については、以下のように各種税法において処罰要件が定められています。(刑事罰についての説明は、弁護士の方が専門であるため、他所に譲ります。)
① 偽りその他の不正行為
「偽りその他の不正行為」とは、売上について虚偽を述べたり、裏帳簿を作って所得を隠したり経費を水増ししたりといった工作を行うこと。
② 脱税もしくは所得還付を受けた
実際に税金の支払いを免れたり、所得税の還付を受けたりしたこと。
③ 脱税の故意
自分が上記のような「脱税」行為をしているという故意が必要だということ。
これらの内容をみると、重加算税の適用と重なる部分が多い点が特徴です。
さらに注意が必要な点があります。
平成23年の税制改正から新しい累計として、従来、「偽りその他不正の行為」を伴わない単なる不申告の場合についての刑事罰が創設されています。理由としては、近年の外国為替証拠金取引(FX取引)により多額の利益を得た者が申告を一切せずに税を免れるような事案に厳正に対処するためです。故意に確定申告書をその提出期限までに提出しないことにより税を免れた者を所得隠蔽行為が伴うものとして処罰することができなかったためです。
近年の富裕層の方の特徴として、資産運用や不動産投資などの副業を行っている方が多くみられます。この傾向は、医師においても同様であり、むしろ、医師の方の副業は増加傾向にあるといえるかもしれません。
無申告だったり、脱税というものに対しては、罪の意識が軽い又は無い方が、時々いらっしゃいますが、このように刑事罰がかされることもある点を十分に認識しておく必要がありそうです。
ポイント
無申告と脱税は異なる。
無申告だからといって、脱税になるわけではありません。ただし、近年、FX取引などにより多額の利益を得た者が申告を一切せずに税を免れるような事案もあるため、故意に確定申告書を提出しなかった場合にも刑事罰が創設されています。
医師が確定申告をしていなかったときに何年分をさかのぼって申告が必要か?
ここまでは、確定申告をしていなかったときの、税金、行政罰、刑事罰の話をしてきました。私は、税理士ですので、税金の話をもう少ししたいと思います。
確定申告をしていない方から問い合わせをいただき、よくある話として、「申告をしなければいけないことを途中で気づいたけど期間が経っていてどうしたらよいかわからなかった。」という話です。
気づいたらすぐに申告をするというのが鉄則ですが、法律でよく「時効」というのがあるように、税金でも申告期限などから一定期間を経過すると時効が成立します。
税法における時効は原則5年となっており、脱税など悪質と判断される場合に「7年」となります。
税目 | 時効(誤り等による場合) | 時効(悪質な場合) |
所得税・法人税 | 5年 | 7年 |
消費税・相続税 |
無申告の場合は、悪質なイメージがあるので7年と考えがちですが、無申告だからといって7年となるわけではないです。税務調査に入った場合は、5年間の資料の確認になります。この調査の過程で悪質だと判断されると7年ということになります。
2年など年数が経っていない方で申告が必要なことに気づく場合があります。この場合、税務署から何も連絡がないから「申告をしなくても問題ないのでは」とバイアスが働くことにより考えてしまいがちです。ただ、ほとんどこのようなケースでは、3年間税務署がそのままにしているケースが多いです。
年数が経つと資料なども少なかったり、延滞税などにより納める税金が増える結果にもなるので、無申告であることに気づいたらすぐに税理士に相談しましょう。
医師が確定申告をしていないとどうなる?~まとめ~
医師の場合には、医師という職業の社会的影響や信頼性のために、行政罰や場合によっては刑事罰になることもあります。
行政罰には免許取り消しなどの場合もあります。また、税金については、医師の主たる収入が高いため、税率も高くなる傾向にあるため、無申告にならないようにわからないことがあれば専門家などに相談すると良いでしょう。
仮に、無申告であると気づいた場合には、すぐに申告しましょう。
▼著者
疋田税理士公認会計士事務所
税理士・公認会計士 疋田 通丈
税理士として、一般事業会社だけでなく、クリニック、NPO、社会福祉法人など幅広く税務・会計の支援を行うだけでなく、公認会計士として、医療法人、公益法人、学校法人の会計監査に携わっている。