北海道で活躍されている医師の方にインタビューを行い、ご自身の取り組まれている医療分野やキャリア、資産・資金形成などについてお聞きする本企画。
第四回は、北海道大学名誉教授であり、歯科医院を経営する中村太保先生にお話を伺いました。長年、歯科医師の育成に携わり、日本口腔腫瘍学会理事、日本歯科放射線学会理事などを歴任された中村先生の目指す歯科医療とは、そして歯科医院を開業されて気づいたこととは、どのようなものだったのでしょうか。
目次
臨床に重点を置き、放射線治療の確立に尽力
──先生は北海道大学歯学部教授として、後進の育成や臨床研究に携わってこられました。モットーとすることは何だったのでしょうか
中村先生
私は北大を卒業した後、大阪大学や新潟大学で経験を積み、46歳の時に歯学部放射線科の教授として戻ってきました。教育において目指したのは、自分で考えることのできる学生をつくるということでした。医療は日進月歩であり、教科書に書いてあることが必ずしも真実とは限らないわけで、何でも鵜呑みにせず、自分で調べて、考えて、追求できる力を育てようと考えていました。
研究は歯科放射線学の分野で、画像診断や口の中の悪性腫瘍に対する放射線治療が専門でした。口というのは発音や食事に関わる、人間にとって非常に重要な器官です。そのため、口の中のがんはたとえ2センチほどの小さなものでも、生命に大きく影響します。それだけに研究する価値があると考え、大阪大学や新潟大学で研究と治療に取り組みました。研究者としては臨床を重視していて、患者さんの治療からデータを拾い出し、検証を重ねることで、小さな一歩でも進めようと考えていました。
──ご専門は放射線治療ということですが、具体的にはどのような治療方法なのでしょうか
中村先生
普通は外から放射線を当てる方法が多いのですが、私の専門は口の中に放射線を出すセシウム線源等を埋め込んで、腫瘍を中から焼き殺すというというものです。外側から放射線を当てるよりも非常に効果が出やすく、生存率も高いというメリットがあります。以前は組織の再建技術があまり高くなかったこと、切除手術と比べて患者さんのQOLへの影響が少なかったこともあり、高く評価されていました。
もちろん放射線治療も万能ではなく、がんが治ったとしても、後で問題が生じることがあります。例えば放射線治療後に、何年も経って患者さんが歯の治療を受けられると、歯の周りの組織が死んでいるために、そこから細菌が入って感染症を起こし、骨が壊死してしまうことがあるのです。私は放射線治療の研究に携わる者として、そういうリスクもあることを歯科医師や他分野の医師に伝える義務がある。そう考えながら臨床研究に取り組んでいました。
教育理念を体現するために歯科医院を開業
──北大病院を退官されて、歯科医院を開業された理由は何だったのでしょう
中村先生
北大で学生を教えていたころ、学生にどういう歯科医師になりたいかと聞くと、「開業は大変だから勤務医がいい」という答えが多かったのです。それに対して私は「やりたいこと、目指す医療ができるのだから、開業を考えてもいいのではないか」と伝えていました。学生にはそう言いながら、自分が開業しないのでは嘘を言っていたことになってしまう。そういう思いから、退官を機に開業することにしたのです。
とりたてて他の歯科医院と違ったことをしようと思って開業したわけではありませんが、一つだけ変えたのが土日に診療をすることでした。当時の北大病院の看護師長に、歯科医院に望むことを聞いたところ、「私たちは平日に働いているので、土日にやってください」と言われたことがきっかけでした。これは今の社会ニーズにマッチしているので良かったと思っています。
大切にしているのは、あまり手を加えないミニマムな治療、なるべくあるがままの機能をつないでいく医療をすることです。最近の歯科は医術の「術」の方がメインになっています。例えば噛みあわせを良くするために歯を大きく削ったり、白いかぶせ物をしたりということをしますが、それは本来の生命体を壊すことになってしまう。なるべく生命体そのものを残して、介入の少ない治療を行うことが本来の医療の姿だと思っています。
──勤務医時代と開業後で生活環境は大きく変わったのではないでしょうか
中村先生
私の場合は3月まで大学で働いて、その年の10月には開業していました。非常にシームレスに移行できたので、ギャップは感じませんでした。土日に診療する分、平日の火曜・水曜を休みにしていますし、マイペースで働けるので、勤務していたころよりも楽になったと感じています。
地域で診療をして新たに気づいたこと
──地域の歯科診療に携わるようになって、新たに気づかれたこと、感じられたことはありますか
中村先生
あまり知られていないのですが、口の中にカビが生えることがあります。多いのはカンジダ菌です。カンジダ菌は入れ歯に付着しやすいのですが、舌にも生えることがあって、味覚障害になったり、舌がピリピリしたりという症状を起こすのですが、今の医療にはカビが原因でそういうことが起こり得るという視点が欠けているように思います。
味覚障害の場合、亜鉛の欠乏が原因とよくいわれますが、実際には、患者さんの3分の1ぐらいがカビによるものだと思います。カビが原因かはスクリーニングで簡単にわかりますし、薬を使えば数日間で改善できるケースも多いのです。しかし、カビの症状は口内炎と似ているので、それに気づかずステロイド剤入りの口内炎薬を使うと、逆にカビが増えてしまいます。当院にも「ステロイド剤を使ったのに治らない」といってこられる患者さんが何人もいます。
多くの患者さんは味覚障害が起きると、まずは内科や耳鼻科に行かれると思いますが、そういう事例が周知されていないため、症状がいつまでも改善されないということが起こります。また、歯科医師であっても、知らないという人もいます。私も開業して初めてカビが原因であることが多いと気づきました。そういった知識を若い歯科医師や、他の診療科の医師、あるいはメーカーなどにも伝え、広く周知していくことが重要だと思っています。
──大学に勤務されていたときと今とでは、働き方もだいぶ変わられたと思います
中村先生
確かに大学に勤務していた頃とは全く違いますね。北大ではマネジメント業務が中心でしたが、今は診療に専念しています。当院は零細なので(笑)、私が受付や会計もしますし、洗い物もこなします。
勤務医と開業医のどちらがいいというのではなく、それぞれに魅力があります。大学では国家試験の作成に関わったり、厚生労働省の担当者と意見を交わしたりすることもあり、研究でもそれなりに成果を残すことができました。深夜まで大学に残って、研究を続けたりもしましたが、それは自分のためでもありましたし、やりがいがありました。今は地域で暮らす多様な人たちの治療をすることで新たに気づかされることが多く、視野を広げることができます。毎日が充実していますし、地域医療に携わることはとても興味深く、面白いと感じています。
開業を目指す人は早期からの人生設計を
──開業には多くの資金が必要になると思います。先生はその資金をどうご準備されたのでしょうか
中村先生
私はとても恵まれていて、耳鼻科を営んでいた父が残した土地と建物がありました。古くなっていたため改装費用はかかりましたが、一から土地を探して建てるよりはだいぶ安く済んだと思います。医療機器も最新のものやリースではなく、中古で使いやすい機種を買い取りました。例えアナログでも、信頼のおける機器であれば使いこなせる自信がありました。それでも、初期投資はかなりお金がかかりましたが。
長年勤務していたので多少の蓄えはありましたし、大学の退職金も全て開業資金に充てたので、銀行からの借り入れはせず、自己資金だけで開業できました。ただ、経営面では最初は大変でした。患者さんがすぐに来てくれるわけではなく、1日に1人ということもありました(笑)。ですから借金がないのはとても安心でした。
──歯科医師の場合は、勤務から開業という流れが多いのでしょうか
中村先生
そうですね。まずは勤務で経験を積んで、それから開業というパターンが一般的だと思います。ただ、誰もが新規開業をするわけではなく、継承も多いのかな、という印象があります。勤務先の病院で院長になったり、跡継ぎのいない歯科医院を引き継いだりというケースも多いのではないかと思います。一方、ゼロからスタートしようとすると、資金面はとても大変です。早期から資金づくりや経営のことを考え、準備をしていかなければなりません。勤務しているうちになるべく多く開業資金をためて、借り入れを減らした方が良いと思います。
私が医療機器をリースではなく買い取ったのは、リースだと支払いのために毎月一定の収入を確保しなければならなくなるからです。そうすると規模も大きくなって人も雇わなければならないし、無理な経営をすることになりかねません。リース代や人件費を払うために診療内容が左右されてしまったら、何のために開業したのかわからない。そう思ってできるだけ自己資金で賄うようにしたのです。
最初から患者さんがたくさん来るわけではないので、生活に困る場合もあります。最低でも開業後1年間は暮らせるぐらいの資産があった方が、心にゆとりを持てると思います。
理想とする医療を実現することが大切
──歯科医院を経営する上では、お金の管理も重要だと思います。工夫していること、心がけていることはありますか
中村先生
特別なことはしていませんが、税理士には毎月チェックしてもらっています。私は経営のことは素人なので、プロに見てもらうと安心ですし、的確なアドバイスももらえます。開業して7年が過ぎましたが、幸いなことに経営は右肩上がりを続けています。患者さんも増えて忙しくなっているので、人を雇いたいと思うこともあるのですが、税理士からは「常勤を雇うのはまだ早い」と止められています(笑)。
常勤のスタッフはいませんが、その分、北大の歯学部や薬学部などの学生がアルバイトに来てくれるので助かっています。学生にとっても、当院で患者さんとコミュニケーションをした経験が、臨床に出たときに役に立っているようです。
大切なのは設備投資や人の雇用などで無理をせず、心に余裕を持って診療に臨むこと。患者さん本位の診療を実現するためにも、堅実な経営を心がけています。これは私がそういう医療を目指しているということであって正解というわけではなく、人それぞれの考え方やスタイルがあると思います。
──後進の医師たちに、資金計画や心構えなどのアドバイスをお願いします
中村先生
まずは自分がどういう医療を目指すのか、何を大切にするのかを見定めることです。それが勤務先の理念と一致しているならいいですが、そうではないなら開業して、目指す医療を実現させてほしいと思います。小規模でも地域に密着した医療なのか、最新の医療機器を揃えて高度医療を提供するのか。それによってどの程度開業資金が必要になるのかが見えてきます。開業の仕方も、まったく新規で始めるケースもあれば、継承など資金繰りのリスクが少ない方法もあります。いろいろな選択肢があるので、どれが自分に向いているのかをじっくりシミュレーションするべきだと思います。
私は、基本的には人生は楽しくあるべきだと考えています。自分にとってより楽しい方向を目指していれば、少々大変なことがあっても乗り越えられるものです。勤務医として働いて開業資金をためる人がほとんどだと思いますが、将来のビジョンがしっかりあって、それによって自分の目指す医療が実現できるのであれば、充実感があるでしょうし、楽しく思えるはずです。
理想とする医療とはどのようなものか、それを実現するためにはどうしたら良いのか。それはその人の生き方の問題でもあると思います。将来への目的意識を持って医療に取り組んでほしいと思います。