2022年4月から、基本的な不妊治療が保険適用となりました。これまで子どもが欲しくても高額な治療費のために諦めなければならなかった方も、治療を受けられるようになりました。とはいえ、保険診療を望む患者に対し、一律に保険適用内の治療を提供していると、“こんなはずじゃなかった……”と後悔が残る結果となってしまう可能性があります。
今回は、不妊治療にまつわる保険診療の落とし穴をお伝えします。不妊治療に直接関わりのない方でも、医師の皆さんにはぜひ知識として知っておいていただきたいと思います。
不妊治療の一部が保険適用内に
2022年4月から、基本的な不妊治療が保険適用されることになりました。不妊治療は人工授精などの「一般不妊治療」と、体外受精・顕微授精などの「生殖補助医療」に分かれますが、どちらも保険適用となったのです。
出典:厚生労働省リーフレットより引用
従来の不妊治療は、自治体などによる助成金を得られたとしても高額な医療費がかかるものでした。今回の保険適用によって個人の負担が軽減され、不妊治療に取り組む夫婦はこれまで以上に増えていくでしょう。不妊治療の専門医からしても、子どもを望む夫婦にとって不妊治療のハードルが下がることは嬉しく思います。
ただし、ここで注意が必要なのは、不妊治療が保険適用になったからといって、治療の選択肢が増えるわけではないということです。むしろ、保険適用になったことによって治療の選択肢が狭まり、その結果赤ちゃんを授かる機会が減ってしまうこともあるのです。
保険診療の落とし穴とは?
これには、日本の医療制度が関係しています。
日本では一部の先進医療をのぞいて、混合診療(一連の治療のなかで、保険適用の治療と自由診療を同時に受けること)は認められていません。治療を行う時期をずらして自由診療と保険診療を交互に行うことは可能ですが、それだと治療がスムーズに進みません。
不妊治療はその影響が顕著にあらわれます。たとえば、慢性子宮内膜炎の検査や、免疫の拒絶反応が強いかどうかを調べるTh1/Th2比の検査などは、保険がきかなかったり、また、採卵から移植までの一連の流れを一回終えないと自費検査が混合診療となってしまいます。そのため一度移植をして、結果が出なかったら行うことになるため、時間がかかります。
保険診療で不妊治療を行うと、「もし自由診療のみで行えば最短で半年で終了するはずの治療が、保険診療を行ったため1年もかかってしまった」といった事態が起こりかねません。不妊治療は患者さんの体や卵巣の状態を見極め、ベストなタイミングで行うことが重要です。ところが保険診療と自由診療の制度のはざまで制約がかかってしまうと、一度に行える治療が制限され、結果としてベビーを授かる機会が減ってしまいかねないのです。
基本的な不妊治療が保険適用になると、患者さんの経済的負担が減り、治療を望む全ての患者さんに平等に機会が与えられるようになるはずです。しかし、原則として混合診療が認められていない「制度の落とし穴」によって、結果的に患者さんの経済的負担が増えてしまった……と後悔させてしまう可能性もあるでしょう。不妊治療は体への負担が大きな治療ですから、むやみに治療の回数を増やすと時間的なロスだけでなく、精神的・身体的な影響も無視できません。
私のところに来られる患者さんのなかには、あえて保険診療を選択しない方もいらっしゃいます。特に海外から駐在でいらっしゃる方やそのパートナー、キャリアウーマンなど経済的に余裕のある方からは、「保険診療か自由診療かは気にしない。お金はかかってもいいから最短・最速でベビーを授かりたい」と要望をいただくこともあります。タイムイズマネーの言葉どおり、社会的に成功されている方は「時間は他の何ものにも代え難い」という価値観をお持ちなのだな、と感じます。
クリニックによっても、不妊治療に対するスタンスがそれぞれ異なります。自由診療を一つでも希望する患者さんには、その他の治療や検査が保険適用だとしてもすべて自由診療で行うことをおすすめするクリニックや、いっそ保険は適用せず自由診療一本でいくと決めているクリニックもあります。もし身近に不妊治療のクリニック選びで迷われている方がいたり、アドバイスを求められた際には、こうしたクリニック選びについてもご助言いただけるといいなと思います。
まとめ
個人的な考えで言うと、不妊治療で最も避けるべきことは、時間がかかることです。より早く、より安全にベビーを授かるためにも、一人ひとりに合わせて効果的な治療プランを選択しなければなりません。自由診療を提供するか保険診療を導入するか、常に見極めが必要なのです。
これまでの治療でなかなか結果が出ていない患者さんや、高齢のため残された時間が少なくなっている患者さんにとっては、保険診療が必ずしも最適な選択肢ではないことは、医師として知っておくべきことでしょう。