医者の働き方は勤務医か開業医の2択に括られがちですが、他分野ビジネスでの起業を目指す方は少なくありません。医者の世界に入り、紆余曲折を経て起業した「株式会社カスミトル」の代表・杉下義倫先生に、現在のキャリアを開拓するまでのストーリーを伺いました。
循環器専門医と会社経営、一つに縛られないキャリアを築く
杉下義倫先生は循環器内科の専門医として病院に勤務する傍ら、2021年に起業し「株式会社カストミル」を設立。産業医・労働衛生コンサルタントや空き家再生といった事業を行っています。週4日は勤務医、週1日は会社員と、2足のわらじで理想のキャリアを実現させた杉下先生。
「循環器専門医」と「会社経営」、一見すると繋がりがないようですが、その背景には医者としての切なる思いがありました。「医者の中でも少し珍しい働き方かもしれません」と話す杉下先生に、医者を志した理由や起業のきっかけなどを訊いてみました。
父の病と『スーパードクターK』が医者への扉をひらく
ーー医者を目指そうと思ったきっかけを教えてください。
昔から機械が好きだったこともあり、いずれは工業大学で機械を学びたいと考えていました。しかし、高校生の時に父親が胃潰瘍で緊急入院し、手術をしたことが転機となりました。当時、天才外科医が主人公の漫画『スーパードクターK』を読んでいたことも重なって、「医者ってすごい!特に外科医は何でもできるんだ!」と感動し、医者を目指すようになりました。
ーー研修医時代はどのように過ごされたのでしょうか。</span >
大きな憧れを持って医者の世界に入ったものの、研修医時代に意外な自分の欠点に気づきます。「手術が暇すぎて退屈」だと感じてしまったのです。普通はそんなことはないと思うのですが、なぜか私が手術を見学していると、「患者さんのお腹から麻酔が自分に向かって霧のように出てきているのではないか?」と錯覚してしまうくらい眠くなるのです。
自分はきっと手術が得意ではないし、向いていない……そう気づいてから循環器を目指すようになりました。循環器は内科の中でも外科寄りに位置すると思ったからです。
リハビリ病院で目の当たりにした問題が起業のきっかけに
ーー循環器の専門医になり、どのようにキャリアを積み上げていったのでしょうか。</span >
循環器の専門医となってからは、大学病院に約15年勤務しました。そろそろ次のキャリアを考えようかな……と思っていた頃、リハビリ病院への異動があったのです。大学病院は病気を治すところですが、病気が治っても退院できない人は後方支援病院への転院を促されます。
しかし、必ずしも患者さんが自宅で自力での生活ができるところまで導いてくれるとは限りません。そんな現状にもどかしさを感じていたこともあり、退院後の生活も見据えたサポートができることが嬉しかったですね。
ーーリハビリ病院で体験されたことを教えてください。</span >
リハビリ病院では患者さんが退院をする際、家の間取りについてお聞きすることがよくありました。「現状のリハビリの進み具合だと、家のここに手すりを付けたり、ここの段差はフラットにしたりした方がいいですよね」といった提案をするためです。その時に、自分の状態にあわない環境の家に住んでいる高齢者の方が多いという現実に直面しました。
ーー患者さんが抱える不動産の問題が浮き彫りになったんですね。</span >
はい。患者さんに「もっとバリアフリー対応や空間にゆりとのある家に住んだ方がいいですよ」とお伝えするのですが、多くの方は「大家さんに高齢者の方には貸したくない、と言われてしまった」と言うのです。
バリアフリー対応の住居に住むことが出来ればもっと快適に生活ができるのに、そうした方のためにバリアフリー住宅はあるはずなのに……実際には借りることができない現実を目の当たりにし、大きなショックを受けました。そこで「私が持っている物件をそうした方に貸せばいいのではないか」と思いつき、「株式会社カストミル」を起業しました。
ーー起業に際してほかにしたことはありますか?</span >
起業すると同時に、労働環境の適正管理を行う「労働衛生コンサルタント」の資格も取得しました。この資格を取った理由は、自分が専門としている循環器内科の疾患は多くの場合生活習慣の改善や職場環境改善といった予防が大切になってくるからです。また、事業として見た場合でも、産業医は会社経営とは違う時間の使い方や収入形態であるため、会社の多様性が広がると思ったからです。本来、産業医になるには、定められた機関(医師会)の基礎研修を受けるなどして単位を取らなければなりません。
自分は物事を継続してやるより、一気に集中してしまう性格なのもあり、試験で習得可能である「労働衛生コンサルタント」を取りました。産業医の方も受ける中で合格率は20%少しとかなりの難関資格なので、産業医経験のない自分は必死になって勉強いたしました。
ーー会社設立から2年が経ち、どのように感じていますか?</span >
高齢者の方が安心して暮らせる家を提供したいと思い始めた事業ですが、あまりにも家賃を安くしてしまうと事業が継続できなくなってしまいます。困っている高齢者の方を1人でも減らすために事業を拡大していきたいですし、そのためにはある程度の収益が必要です。
事業としては決して簡単なビジネスではありませんし、みんなが飛びつくような利回りが良い投資物件ではないかもしれません。しかし、社会問題に取り組む対価としてお金を得ることができるという風に考え、やりがいを感じています。
まとめ
外科医を志し医者の世界に入った杉下先生。リハビリ病院で目の当たりにした「高齢者の方がバリアフリーの住宅を借りにくい」という社会課題が起業の原動力になったと話します。
医者としての働き方は勤務医か開業医かの2択で考えられがちですが、決してそんなことはありません。杉下先生のように、自身が積んできたキャリア、社会課題、ビジネスをうまく繋ぎあわせて活躍する方もいます。やりたいことや解決したい課題を見つけたら、ステレオタイプな医者としての働き方に捉われることなく、「どうすれば実現できるか」を自由な発想で考えてみてくださいね。
【取材協力】
杉下義倫
藤田医科大学卒業後、藤田医科大学ばんたね病院循環器内科に就職。
その後に熱田リハビリステーション病院へ転勤し、医師として勤務していく中で、高齢者や病を患った患者さんでも賃貸契約できる物件を提供したいと2021年に株式会社カストミルを設立。現在は、産業医や労働衛生コンサルタント、空き家再生などの事業を行っている。