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北海道リレーインタビュー VOL.3 井上哲先生(北海道大学大学院歯学研究院 教授)

北海道で活躍されている医師の方にインタビューを行い、ご自身の取り組まれている医療分野やキャリア、資産形成などについてお聞きする本企画。
第3回は北海道大学大学院歯学研究院教授の井上哲先生にお話をうかがいました。長年にわたり歯科保存分野での研究や治療に取り組みながら、臨床教育部において若手医師の育成に尽力される井上先生は、歯科医師を取り巻く現状や将来展望についてどのような考えをお持ちなのでしょうか。

北大が掲げる4つの理念を柱に歯科医師を育てる


──先生は指導医として後進の育成に取り組まれていますが、教育上のモットーとされていることはなんでしょうか

井上先生
私は臨床教育部の教授として、歯学部の5・6年次生の臨床実習と卒業後の臨床研修に関する教育を担当しています。目標は社会から高く評価される学生や研修医を育てることです。北大の理念である「フロンティア精神」「国際性の涵養」「全人教育」「実学の重視」を基本にした教育で、優秀な歯科医師を輩出するのが私の役割だと考えています。

モットーというほど大げさなものではありませんが、学生や研修医には「患者さんを診るときは、自分の家族だと思いなさい」と伝えています。それが歯科医師としての私の信条でもあり、臨床では自分の親や子どもを治療するつもりで患者さんに接してきました。非常に共感してくれる後輩医師もいますし、そういう思いを持って治療に臨む歯科医師が多いと思います。

──先生は留学を経験されていますが、歯科医師のキャリアにおいて留学はどのような意味があると思いますか

井上先生
私はこれまでに2回、留学を経験しました。最初は32歳のときにアメリカの大学に1年間留学し、歯根治療の専門医育成コースで学びました。そのときはまだまだ若く、「何でも学んでやろう」という熱意に溢れていましたね。本来であれば認められないのですが、担当だった教授の指示で治療を行ったりもしました。歯科先進国であるアメリカで治療に携わったことはとてもいい経験になりましたし、拙い英語で患者さんとコミュニケーションをしたことも心に残っています。

2度目の留学は、それから10年後の42歳のときでした。1年半にわたりベルギーの大学で歯に詰める材料の研究をしました。ベルギーは歯の修復に使う接着材の開発では先進国の一つで、そのときは診療は行わず、研究に専念しました。

留学はキャリアを積むうえでとても重用なものでした。アメリカでは臨床に出ることが多く、論文は1本書いただけでしたが、その分、スキルを高めることができました。それとは逆に、ベルギーでは10本は論文を書いたでしょうか。帰国後もそのときの共同研究が続き、結果として数十本もの論文に結び付きました。接着材の分野で高い評価を受けることもでき、そのおかげで教授になれたようなものだと思っていています(笑)。

──今は留学を希望する若い医師が減っているという話もありますね

井上先生
私は幸い、助手時代であっても大学教員の身分のまま、給与をもらいながら留学することができました。そのため生活の不安がなく、研究に没頭できたのです。しかし、今は助手クラスで留学しようとすると、仕事をいったん辞めなければならないことが多く、アルバイトをして資金を貯めるとか、ファンドの支援を受けるとか、費用面のハードルが高くなっています。しかも、受け入れてくれる大学などの施設も少ない。そういったことから、以前に比べると留学しづらい環境になっているように思いますね。

歯科医師の開業率が高い社会的な背景とは


──歯科医師はほかの分野の医師と比べて開業率が高いと思うのですが、どのような事情があるのでしょうか

井上先生
最大の理由は歯科医師を雇ってくれる病院が少ないということです。世の中に病院はたくさんありますが、歯科医師の受け皿となるような病院はとても限られているのです。

一次・二次・三次医療機関という分類では、それぞれ地域のかかりつけ医、地方や地域の中核病院、高度先進医療を担う病院が割り当てられています。歯科の場合、一次医療は開業医になりますが、二次的な地方の中核病院が少なく、いきなり三次の大学病院のような大きな総合病院になってしまう。しかも、民間病院は規模が大きくても、歯科医師の数は少ないところがほとんどです。極端にいえば、大学に残るか開業をするかのどちらかになるため、必然的に開業する歯科医師が多くなるのです。

──歯科医師の数が多いのでは、という議論も続いていますね

井上先生
歯科医師が供給過多気味であるのは北海道に限らず、日本中でいえることだと思います。そのため、文部科学省では歯科医師を減らすための対策を続けてきました。

私は北大歯学部の10期生なのですが、そのころは歯科医師を増やそうという時代でした。私が入学した翌年から定員が40人から60人に増えましたが、これはほかの大学の歯学部でも同じ状況であったと思います。しかし、今度は歯科医師の数が多くなり過ぎ、需要と供給が釣り合わなくなってきたことが問題視されるようになりました。そのため現在は定員を減らす傾向にあり、北大も53名になっています。

今後はリタイアする歯科医師が増え、需給のバランスが取れてくるのでは、という予想もあります。しかし、少子高齢化や人口減少の進行もあり、簡単には見通しが立たない状況だと思います。

勤務医と開業医では働き方が大きく異なる


──医療分野でも働き方改革が求められるようになっています。医師の過酷な勤務実態が社会問題にもなっていますが、歯科医師はどうなのでしょう

井上先生
勤務医と開業医では置かれている環境がかなり違うと思いますが、大学病院に勤務する歯科医は過酷な状況だろうと思います。大学病院では教育と研究、診療をこなさなければなりません。平日は診療を行い、休日は研究や論文に費やすため、自由な時間をなかなか取れないこともあります。人によってはほかの病院でのアルバイトをすることもあり、さらに疲弊することもあるでしょう。

一方で、医科の医師の場合は患者の死と向き合うことや、病棟を担当していれば夜中でも呼び出しを受けることがあります。歯科の場合は口腔外科医でない限り、病棟勤務や救急対応はありませんので、負担は少ないともいえます。しかし、それでもこなさなければならない業務は多く、特に若いうちはたいへんだろうと思います。

現在、私の下で働いている3人の講師には、休めるときはしっかり休むように伝えています。みんな50代でキャリアもあり、自分で考えて動いてくれますので、細かな働き方まで指示することはせず、それぞれの判断に任せるようにしています。


──勤務医と開業医では給与面などに大きな差はあるのでしょうか

井上先生
勤務医は開業医と比べると年収は低くなります。これには地域差もあって、東京はほかの地域より全体的に給与が高いようです。北大は国立大学なので、それほど給与が高いわけではないのですが、ポジションが上になれば、それなりに待遇は良くなります。

歯科医師と一般の医師との間でも、年収には開きがあります。顕著なのはアルバイトの給与で、歯科医師は一般の医師の3分の1程度だろうと思います。

一般歯科では都市部と地方の医療格差は少ない


──歯科の分野でも医療の地域格差はあるのでしょうか

井上先生
歯科治療の場合はその医師個人の力量によるところが大きいのですが、日本の歯学教育は非常にレベルが高く、ほとんどの歯科医師が高水準の治療技術を持っていると思います。また、一般歯科については、新しい治療技術や医療機器・材料が頻繁に開発されるということが少ないため、ほかの医療分野と違い、地方の小さな町村にいたとしても技術や情報の更新についていくことができます。ですから、治療の質については地域による格差というのはあまりないと考えています。

近年は、高齢者歯科や歯周病分野を志望する歯科医師が増えています。また、一般の医療と同様に、在宅の患者への訪問診療もニーズが高いようです。やはり少子高齢化という社会背景が影響しているのだと思いますが、以前とは歯科医師の進路も変化してきていますね。

──やはり若い歯科医師も都市志向が強いのですか

井上先生
そうですね、無歯科医地区は減ってきてはいるものの、やはり地域の偏りはあります。歯科医師の場合、30代の半ばごろまで歯科のある総合病院や規模の大きい歯科医院などに勤務して、その後に独立・開業というケースが一般的だと思います。その場合、勤務先の病院は多くが都市部やその近郊に限られてしまいます。なかには若いうちに町立や村立の歯科診療所に数年間勤務して開業資金を貯める人もいますが、経営のことを考えると、やはり患者が多い都市部での開業を望む人が多いのではないでしょうか。

実家の歯科医院を継ぐという人も多いですね。ただ、その場合でも、卒業してすぐに実家に戻るのではなく、数年間はほかの歯科医院に勤務するケースがほとんどのようです。「他人の飯を食う」ではないですが、多くの歯科医師が、「キャリアを積んで視野を広げたい」という思いを持っているのだと思います。

これからはライフプランを見据えた教育も必要な時代に


──ご自身の今後のライフプランについてどのようにお考えですか

井上先生
北大の定年は63歳ですので、私はあと3年少々で退職することになります。再雇用など、定年後の生き方にはいろいろな道があるとは思いますが、私は歯科医師の仕事はせず、隠居をしようと考えています。その理由の一つが、先ほども言ったように、歯科医師を雇ってくれるところが少ないということです。また、歯科治療はとてもやりがいがある反面、責任も重いため、「臨床を離れて少し楽になりたい」というのも正直な気持ちとしてあります。

引退したあとは年金生活になりますが、贅沢さえしなければ暮らしに困ることはないと思っています。実は私は10年前に脳梗塞を経験しました。幸い後遺症は少なく、医師を続けることができましたが、考え方が大きく変わりました。それまでの仕事漬け生活から一変、「人生を謳歌すべきだ」と思うようになり、キャンピングカーを購入して、妻や愛犬と一緒に北海道内を巡る旅を楽しんでいます。ですから引退したら、趣味のアウトドアライフや家庭菜園などを満喫しようと考えています。

──医師は年収が高く、節税対策をされる人も多いようです。また、資産形成のために不動産投資などをする人もいますが、先生は何か対策をされていますか

井上先生
医師のなかには、節税対策をする人もいるでしょうが、私はそんなにたくさん給与をもらっていないので(笑)、考えたことはないですね。勤務医はある意味、サラリーマンのようなものだと思っていますし、個人差はあるのでしょうが、大学の先生たちはあまり節税は意識していない
と思います。不動産については妻が貸家を所有していますが、収入はさほど多くはないので、とても資産形成と呼べるようなレベルではありません。

ただ、世の中の状況がさらに厳しくなることに備えて、これからの歯科医師はそうした知識を持っておいたほうが良いでしょう。若いときから将来設計について考えておかなければならない時代だと思います。

──これからは若い先生たちもライフプランやマネープランを考える必要があるということですね

井上先生
特に、歯科医師は開業を目指す人が多く、資金をいかに貯めるかが課題になります。大学でも、学生のうちから独立・開業に向けたイメージを育てておくべきでは、という意見があり、すでに3年次ではアクティブラーニングの一環として、歯科医院をつくるシミュレーションを取り入れました。これからはますますそういう流れが加速していくのだろうと感じています。

歯科医師が開業するのは35歳から40歳の間といわれています。順調に進んだとして24歳で歯学部を卒業、大学院に進んだ場合は28歳で卒業することになります。開業という将来ビジョンがあるのなら、卒業後の約10年間でどれくらい資金を貯めるのかというプランを練っておくことが重要だと思いますね。

私は大学でずっと働いてきて、資金や資産をつくることなど考えたこともありませんでした。しかし、これからは教育現場においても、開業までのプロセスや自己資金の必要性など、幅広い情報を伝え、歯科医師を志す人の将来を支援していくことが求められると考えています。

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